6月10日は時の記念日、なぜこの日なのか気になりますよね
暦や歴史の視点から紐解くと、この日は
「日本で初めて、時計によって人々に時間が報じられた日」
なのです。
🕊️由来は奈良時代にさかのぼる
「時の記念日」のルーツは、天智天皇10年4月25日(671年6月10日)に
さかのぼります。
『日本書紀』によれば、この日に天智天皇が「漏刻(ろうこく)」と
呼ばれる水時計を新しい台の上に設置し、初めて鐘と太鼓で時刻を民に
知らせたとされています。
📜 日本書紀より
「漏剋を新しき台に置く。始めて候時を打つ。鐘鼓を動す」
——これが、日本に”時報”が生まれた瞬間を記した一節です。
漏刻(水時計)の仕組み
容器に一定のペースで水を注ぎ(または排出し)、
水面に浮かべた矢(目盛り)が上下する動きで時間を計るシステムです。
当時としては超ハイテクな技術でした。
それまで使われていた日時計は晴れた日中しか機能しませんでしたが、
水時計はどんな天気でも、夜でも正確に時間を刻むことができました。
これは当時としては画期的な発明でした。
🕰️記念日が制定されたのは1920年
なぜ「4月25日」が「6月10日」に?
「あれ?4月25日なのに、どうして6月10日なの?」と思いますよね。ここが暦の面白いところです。
『日本書紀』に書かれている「4月25日」は、当時の古い暦(旧暦・太陰太陽暦)の日付です。
大正時代(1920年)にこの記念日を制定する際、旧暦の「4月25日」を、現在私たちが使っている新暦(太陽暦)の日付に換算したところ、ちょうど「6月10日」になったのです。欧米並みに時間を守り、生活を合理化することが目的で「時の記念日」が制定されました。
当時、時間は「支配者の権威」だった
今でこそ時間はみんなのものですが、飛鳥時代当時は違いました。
暦を管理し、正確な時間を把握して国民に知らせることは、
「国を治めるリーダー(天皇)の最も重要な役割であり、権威の象徴」
だったのです。
つまり、日本が
「時間を共有して生きる近代的な国家へ歩み出した第一歩の日」
とも言えます。
当時の「漏刻(水時計)」の遺跡も発掘されている
『日本書紀』に書かれている内容が本当であることを証明する、決定的な考古学的発見もあります。
天智天皇が飛鳥から都を移した滋賀県の「近江神宮」には、この水時計の模型が再現されていますが、それよりも前に中大兄皇子が日本で初めて造ったとされる奈良県の「飛鳥水落遺跡(あすかみずおちいせき)」から、実際に巨大な水時計の遺構(水を通した銅製品や船の部品など)が発掘されているのです。
🍀さいごに
あなたにとって「大切な時間」は何でしょうか?
仕事?
家族と過ごす夕食後の30分?
あるいは、誰にも邪魔されない一人の静かな時間?
私たちは本当に「時間を活かせているか」という問いは昔から考えさせられるテーマかもしれません。
「時の記念日」は、ただ時間を守れというだけでなく、自分の時間を有効に意識的に使うことの価値を思い出させてくれる日でもありますね。


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